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五十三次(28)

四日市宿~亀山宿までの今回からは新幹線になりました。

事前の天気予報では大雨が続くとされていたので雨具の用意は
勿論の事、前の日に帰宅してから姉と二人で完全防水の靴を
買いに出かけたのです。

私の足は小さいのでゴアテックスの靴はなかなか無くて、最後に
とうとうお子様用の21センチの靴を泣く泣く買うことになりました。
だって男児用の黒に派手~な青色のラインがばっちり入っていて
マグックテープで着脱するようになっているんですから。

がっかりしていたのですが、ツアーの最中に何人かの方からは
「とても可愛い」なんて言われて、結構気を良くしています。

いつも事ですが、このブログを楽しみに読んで下さっている方には
大変申し訳ないですが、今回もちっとも心に残るような場所が無い
のです。これは全く私の頭の問題のなのですよ。

ツアーを企画した会社はそれなりにちゃんと見所なんか入れ込んで
いる筈なのです。でも私の頭が・・・。

取り敢えず想像して頂くためにコースを記すことにしましょう。

三ッ谷一里塚(江戸から数えて99番目)→四日市宿(今回2泊した所)→
三滝橋(歌川広重が四日市宿として描いた場所)→諏訪神社→鈴木薬局
(何だこれはとお思いでしょう。1750年から膏薬を作っていた製薬商)→
日永一里塚跡(これが100番目です)→日永追分(東海道と伊勢参宮道の
分岐点)→杖衝坂(日本武尊が負傷していて、剣を杖のかわりにしてこの
坂を登ったとか)→采女一里塚跡(101番目)→石薬師宿(四日市宿と亀山宿
の間の小さな宿)→佐佐木信綱生家・史料館(歌人で有名ですよね。この方
は第一回文化勲章の授章者なんです。それにNHKの花子と白蓮の和歌の
師匠でもあるんです)石薬師寺→石薬師一里塚(102番目)→庄野宿(広重の
「庄野の白雨」の題材になった所)→庄野宿資料館→庄野宿本陣跡(本陣は
このツアーではとても大切なんです。何故なら本陣の前を通らないと先生から
スタンプがもらえないんです)→中富田一里塚跡(103番目)→和田の道標→
石上寺→和田一里塚(104番目)→亀山宿→亀山城(お城は残っていませんが
多聞櫓が残っていました)→遍照寺(本堂に安置されている地蔵菩薩立像は
快慶の弟子の行快の作と伝えられています。ここの御住職のお嬢さんが色々
と説明して下さいましたが、私たちの方をあんまりご覧にならないでお話する
ので、無理しているのかしらと思いました)→石井兄弟仇討碑(私は知らなかった
のですが、「元禄曾我」として歌舞伎や絵本に取り上げられた仇討ちです)→
名古屋城(ここはどなたでもご存じですよね。本当に金の鯱が燦然と輝いて
いました。それに本丸御殿の建設途中にも寄ってきましたが、総工費150億円
で、やっと47億円分が終わった所で、完成は平成30年とありました)

と、まあこんな具合でした。

2泊3日を通して良いお天気(東京では信じられないでしょう)で、合羽を着たのが
ほんの数回(それも殆ど雨が降っていない)でしたから、いかに我々の日頃の行い
が良かったのか!

そうそう最後の最後に名古屋駅の高島屋で、私の名前が「東京都の○○○○様」
と館内放送されました。仲間の一人が携帯を忘れてはぐれたためでしたが、当の私は
呼ばれたのを全く気が付かずに必死になって彼女を探していました。エスカレーターを
2回ほど8階まで登ったり下りたりした(私一人)ので、最後のエネルギーを使い果たして
しまったのです。でもすっかり済んでから、彼女は私たち(他にも数人一緒でしたから)に
ビールを御馳走してくれました。

次回はいよいよ鈴鹿峠を越えます。今回同様に雨が降らないと良いけどな~。  Y
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* COMMENT *

名古屋城も行ったのですね。
3年ぐらい前に、小学校以来、何十年ぶりかで行きました。
工事の真っ最中で一部しか見られませんでした。
次回も、雨に備えて完全防水のブラックスニーカーが良いですね。
お疲れ様でした。

ブラックスニーカーとは言っていないのですよ。黒地の所に派手派手な青いラインが入っている男児用の、マジックテープで止めるようになっているスニーカーなの。最初は抵抗があって本当に嫌だったんだから。でもちょっと褒められて納得しているのです。雨が降りそうでなかったら、絶対に履きません!

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