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五十三次(26)

先週の金曜日は久し振り(1か月半以上)の五十三次でした。

まだ渋谷からバスで現地まで行かなくてはならないので、距離が離れれば
離れるほど現地到着が遅くなります。

今回は赤坂宿からスタートでしたので前回到着した地点から歩き始め
ましたが、すっかり忘れてしまって本当に嫌になってしまいます。

まず浄泉寺というお寺に寄りましたが、ここには石造の百観音が安置されて
いました。又、本堂の前にある蘇鉄は歌川広重の浮世絵でも有名だそうです。
ここもあんまり印象に残っていないのです。残念!

この後寄った大橋屋という旅籠は昔(1715年ころ)のままの姿で今でも営業
していて、町の有形文化財に指定されています。

杉森八幡社は、古くは持統天皇(百人一首で「春過ぎて夏きにけらし・・・」
を詠んだ女性の天皇ですね)が鏡を献上したことで、知られています。

本宿という、赤坂宿と藤川宿の間の宿を通って本蔵寺へ。

ここは松平の初代からお寺で、徳川家康が幼い頃に手習いや漢籍を学んだ
所で色々な遺品が飾ってありました。それとあの新撰組の近藤勇の首塚が
ありました。本当に彼の首が祀られているかは真偽の程は分かりませんが。

家康が三河一向一揆の折に隠れた岩穴(中から二羽の白鳩が飛び立ったので
命が助かったという伝説がある)がある山中八幡に寄って、藤川宿へ。

脇本陣跡・西棒鼻(宿の出入り口)跡・十王堂(境内には松尾芭蕉の句碑に
「ここも三河 むらさきの麦の かきつばた」とあります)・大岡越前守
陣屋跡(訪れた時はボランティアの方々が今でもお掃除をしたりして、とても
綺麗にしていました)に寄って、やっと岡崎宿に到着です。

三河と言ったら家康のお膝元で、特に岡崎は家康の生誕地でもあるし又、
城下町として栄え墓所もあり、昔から特別な扱いを受けてきました。その
ために規模も大きくて近くを流れる矢作川を利用して、貨物運輸の河港町
だったようですね。

この岡崎の城下の道は、二十七曲がりと言って敵から防衛するために屈折
していて、現在は曲がる所に木製の小さな柱が立っています。その柱には
「い・ろ・は・に」と順番に記されていました。ただ実際には、27本は
ありませんでした。

最終日の朝は先生と一緒に岡崎城を囲んでいる公園を散策しました。

岡崎公園

藤棚写真

八丁味噌の製造工程を見てお土産を買い、矢作橋(東海道の中では一番大きな橋で
「瀬田の唐橋」「豊橋」と並んで、東海道三大橋と言われている)を見て、誓願寺
(義経のゆかりのお寺)・永安寺・明治用水関係記念碑を見て、徳川家の菩提寺で
ある大樹寺へ行きました。

この大樹寺には松平八代(家康が徳川を名乗る前の)と徳川歴代将軍十四代までの
位牌があって、その位牌はすべて彼らの等身大(亡くなった時)で作られていました。
大きな部屋にグルリと位牌が並べられているのはかなり圧巻でした。

それぞれの身長も記されていましたが、昔の人ですから160㎝以上はどなたも
いらっしゃいませんでしたね。

最後に知立の松並木を歩いて、二泊三日約35キロが終了です。

足が痛くならないように事前に手当をしてあったので、月曜日から元気で会社
に行けました。又、5月も頑張ります!   Y
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* COMMENT *

お疲れ様でした。
最近テレビ番組で、近藤勇の首塚は何か所もあると言ってました。
味噌工場で、八丁味噌を買ったのですか?
お昼ご飯は味噌煮込みうどん?
次回も愛知県なら、味噌煮込みうどんが食べられるかも?

そうなんですよ。首塚あちこちあるみたい。義経のお墓も沢山あるみたいだし...。観光誘致のためかもね。八丁味噌は買いましたよ。お昼は味噌煮込みうどんがついてる定食でした。でも、うどんが固く皆さんから不評でした。時間をかけて煮ないとね。もうすぐ名古屋に行くみたいですよ。

本場の味噌煮込みうどんは、弾力のある硬めでうねうねのよじれのあるうどんです。
名古屋で有名な「山本屋」で出されるうどんは熱々の沸騰した土鍋で出てきます。
うちで食べるときは。柔らかめにして食べます。

もちろん「山本屋」の味噌煮込みうどんはお土産で頂いた事があるので知っていますが、小さなコンロで短時間煮たものは、やっぱり美味しくなくて、ただ硬いだけでした。それに「山本屋」のではなかったように思うし。

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