FC2ブログ

プロフィール

tousui

Author:tousui
新刊
『日系人戦時収容所のベースボール』

FC2カウンター

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード

五十三次⑯

日曜日に足の裏に膏薬(古いか)を貼って、昨晩も結構ぐっすり寝た
(いつも寝つきが悪いけど、さすがに疲れていたので)おかげで、
今日はそこそこ元気になりました。

日曜日にいつもの時間・場所に集合し、東名の渋滞も全く無かったので
予定通りに10時過ぎには「原宿」を出発です。

まず訪れたのは「六王子神社」で、400年前に巫女さん6人が身投げした
のを弔った神社です。
仲間の一番若い巫女さんがこの傍の川に住む龍の生贄となったのを嘆き
自分たちも一緒に亡くなったという謂れが伝わっています。

日蓮宗の立円寺というお寺には、望郷碑といって富士山の絶景を称えた
碑があり、1979年にインドネシアのゲラテック号という船が難破・遭難
を悼んだ「誌」もありました。

増田平四郎(水害から村民を救済するために浮島沼の大干拓を計画した)の
像を通り、「左富士」(いつもは右手に見える富士山が、道が大きく曲がる
ので左に見える:安藤広重の風景画はチョー有名です)を見たいなーと思い
つつ(今の季節は全く見えない)、「平家越の碑」まで。

ここは富士川と浮島沼の間で源氏と対峙した時(富士川合戦)、水鳥の羽音に
驚いて平家が慌てて退却したので有名な所です。

 「人知れず 水武者 源氏に加勢する」
 「平家方 寝耳に水の 鳥で逃げ」

なんてうたわれています。

途中バスでお食事(今まで一度も完食した事がありませんでしたが、初めて
ちゃんと食べられました。天丼が美味しかった!)に行ったり来たりで、
吉原宿を過ぎ、「挟の塞神(たもとのさえのかみ)」という道祖神を見て、
鶴芝の碑(何だか説明されていたのに、良く聞いていなくて分からないの
です。有名な絵師が画を書いて、それを彫刻したのかな?すみません)を
みてから帰途につきました。

そうそう途中で、清水の次郎長や幕末の三舟の一人、山岡鉄舟が常宿にして
いた小さな宿屋(鯛屋旅館)に立ち寄って、そこのご主人の解説を聞きました。
必ず呼び捨てにせずに「次郎長さん」と「さん」をつけていたのが、印象的
でした。

帰りの東名も前回と同じに事故渋滞があって、渋谷に8時ちょっと前に着き
いつもと同じように、蜘蛛の子を散らすように解散しました。

次回は7月7日の七夕で、吉原宿から蒲原宿まで。今回は15キロも歩いて
とっても疲れました。お粗末さまでした。   Y

スポンサーサイト

* COMMENT *

歴史の勉強にもなりますね。
参加し始めの頃よりずいぶんと慣れてきて、観光先の記憶がしっかりしてきて、疲労回復も上手になりましたね。
次回も楽しんできてください。

観光先の記憶は未だに曖昧なのですよ。すっかり忘れていたりして、ネットで改めて調べてから書いたりして...。だから、フーンなんて思う事もあるんです。なるべく正確に書かないとならないですからね。でも、確かに疲労回復は上手くなってきたかも知れません。月曜日はグッタリしていますが。

* コメントの投稿 *


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP